いよいよ、ラスト1週間となりました。
すみません、まだ見てます。
イライラしながら。
ここまで来たら、最後まで見届けます。
見届けますけども、どうしてもまた言わせて欲しい。
「ばけばけ」ファンの方には不快な内容になってしまいますので、読みたくない方は読み飛ばしてくださいませ。
まず、錦織さんの扱いね。
献辞を贈ったぐらいで終わらすかな。
モデルとなったお二人の間にはもっと濃密な手紙のやりとりなどがあった様ですが、ドラマではその辺りもアッサリでしたよね。
あれだけ我儘に付き合わせて、親友だと思ってたのに、本心も打ち明けずに勝手に松江を去っておきながら、久しぶりに松江に戻った途端、自分達に何故協力しないのかと夫婦2人で責め立てる。
突然去った非礼を詫びるでもなく。
いかにも「今回松江に戻ったのは貴方に会うためでは無いですよ。自分が日本人になるために必要だから帰ってきたんですよ。だから協力してよ」という態度にしか見えませんでした。
その上、明らかに病気で痩せ細った錦織さんを目の前にしても、気遣う態度すらドラマの中ではほとんど見られませんでした。もう自分達の事でいっぱいいっぱいで周りなんて見えません、という感じ。
私の洞察力の無さが悪いの?
いや、演出が悪い(断言)。
そして同様にイライザにも失礼。
かつて、若い女性が一人、はるばる米国から日本まで船で何日もかけて来日(しかもヘブンに請われて。明治時代の船旅ですから、場合によっては命を落としかねない)したのにも関わらず、思い描いていた態度とはかけ離れた対応をされ、数日で米国への帰国を余儀なくされたのに、何十年も良き理解者、良き友人として付き合ってくれる天使の様な女性。(に私には見える)
その上、彼女が米国で同僚と闘ってまでヘブンへ仕事を依頼してくれているのに、それはことごとく断り、自分が困った時だけ「仕事を紹介してくれ」と頼り、断られると癇癪を起こす。
ねえ…どういう事?
このドラマのヘブン先生と彼の家族のどこに魅力を感じろと?
運良く周りの人に恵まれた「ラッキー・ファミリー」にしか見えないよ…
描いていない部分は察しろ、という演出なのかもしれませんが、察するにはそれなりの「余白」部分が必要だと思うのです。セリフや直接的なシーンは無くとも、役者の目配りや身体の動き、音楽、引きの画像など、ヨーロッパや中国の映画・ドラマなどではよくこの「余白」部分が大切に演出されている気がします。
あともちろん昔の日本映画もそうですね。小津安二郎監督を筆頭に、視聴者に想像させる余韻を残す演出に長けている監督がたくさんいらした。
まあ、そんな名監督達と比べるのは酷過ぎますが、それにしても、今回の朝ドラ「ばけばけ」は残念でした。小泉八雲の「怪談」好きとして期待していましたので。
朝ドラではなく、2時間ドラマぐらいで良かったのではないかな。
ラスト1週間。「怪談」を書き上げ、人生の最期に向かうヘブン夫婦が描かれるのでしょう。せめて最後ぐらい…すっきりした気持ちで見終わりたいな、と思っていますが、無理かな。

